大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成8年(ワ)15199号・平8年(ワ)14880号 判決

平成8年(ワ)第14880号 損害賠償請求事件(甲事件)

平成8年(ワ)第15199号 損害賠償請求事件(乙事件)

甲事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という) 天敬海運株式会社

右代表者代表理事 金鐘勲

右訴訟代理人弁護士 戸田満弘

同 土田耕司

同 須崎憲顕

右戸田満弘訴訟復代理人弁護士 舟串信寛

甲事件被告兼乙事件原告(以下「被告」という) エヴァンドロス・コンパニア・ナビエラ・エス・エイ

右代表者 マリー・シー・エイチ・コスキナ

右訴訟代理人弁護士 木村宏

右木村宏訴訟復代理人弁護士 村田哲哉

同 小技倫子

主文

一  甲事件につき、原告の請求を棄却する。

二  乙事件につき、原告は、被告に対し、金一六七一万四三七一円及びこれに対する平成七年八月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  乙事件につき、被告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は甲事件及び乙事件を通じて原告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  甲事件

被告は、原告に対し、金三五九九万四八五八円及びこれに対する平成七年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  乙事件

原告は、被告に対し、金三三〇二万二八九七円及びこれに対する平成七年八月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が所有する貨物船チュンジン号(以下「C号」という)と被告が所有する貨物船アフリカン・ライオン号(以下「A号」という)とが瀬戸内海播磨灘において衝突事故を起こしたことについて、原告は、右事故の原因は、A号がC号の動静を注視しないまま同船の追越しを継続したことに原因があるとして、これにより被ったC号の修理費等合計三五九九万四八五八円の損害賠償を求め(甲事件)、他方被告は、右事故の原因は、A号がC号を追い越そうとしていた際C号が不当な航進(急激な左転舵、以下「急左転」という)をしたことに原因があるなどとして、これによって被ったA号の修理費等合計三三〇二万二八九七円の損害賠償を求め(乙事件)た事案である。

一  前提事実(当事者間に争いのない事実については特にその旨を断らない。また、証拠等により認定した事実については、認定に供した主要な証拠等を末尾に掲記した)

1  当事者等

原告は、海運業等を営む大韓民国法人であり、本件事故当時、C号(船尾船橋型貨物船、総トン数一九九七トン、全長九一・二メートル、ディーゼル機関、出力一七六五キロワット)を所有し、運航していた。

なお、C号は、喫水線より上部の船体外板を黒色に、喫水線下を赤錆色に塗装してあり、船橋楼は、白色に塗装されている(乙一の67)。

被告は、海運業を営むパナマ法人であり、本件事故当時、A号(船尾船橋型貨物船、総トン数一万三四二八トン、全長一六〇メートル、ディーゼル機関、出力五〇〇一キロワット)を所有し、運航していた。

なお、A号は、船体外板上部を灰色、船体外板下部を緑色塗装されている(乙一の66)。

2  A号及びC号の瀬戸内海播磨灘推薦航路に至るまでの運航

(一) C号について

C号は、船長以下一四名が乗り組み、平成七年八月七日、午後九時三〇分ころ、コンテナなど約四九一トンを積載し、喫水船首約一・八メートル、船尾約三・七メートルにて大韓民国釜山港を出港し、兵庫県姫路港に向かった。

C号は、関門海峡を抜け瀬戸内海播磨灘に入ると播磨灘推薦航路線に沿う形で航行した。この海域は、灯浮標により船舶の進行すべき針路が定められている。C号は、平成七年八月八日午後一〇時三〇分ころ(以下、時刻のみで表示した場合はすべて平成七年八月八日の出来事である)、播磨灘航路第一号灯浮標(以下、浮標の表記は単に「第一号灯浮標」と表記する)の南側を通過した地点で針路を六八度(真方位、以下針路はすべて真方位であり、単に「〇度」とのみ表示する)、速力約一一・五ノットの速さで航行した(乙一の76)。

(二) A号について

A号は、船長以下二二名が乗り組み、午後五時二〇分ころ、鋼材七〇〇〇トンを積載し、喫水船首約六・九五メートル、船尾約八・二五メートルにて広島県福山港を出港し、神奈川県川崎港に向かった。

A号は、出港時から内海水先人桑島修弘(以下「桑島水先人」という)のきょう導により手動操舵で航行し、瀬戸内海播磨灘に入り、C号と同様に播磨灘推薦航路の南側をこれに沿って航行し、午後一〇時三二分ころ、第一号灯浮標の南側の地点で、針路を六七ないし六八度と定め、速力約一四ノットの速さで同浮標を航過した(乙一の80、二の3の1及び2)。

3  本件事故の発生及び当時の天候等

A号及びC号は、午後一一時二八分ころ、兵庫県飾磨郡家島町所在の松島灯台から真方位一三八度、約一万六六〇〇メートル付近(以下「本件事故地点」という)において衝突するという事故を起こした(以下「本件事故」という)。

なお、本件事故発生当時の瀬戸内海播磨灘推薦航路付近の天候は曇り、海上は平穏で、視界は良好であった。

4  第三船の存在

A号及びC号が本件衝突事故を起こす前、A号及びC号の左舷前方から両船の針路を横切る第三船(以下「第三船」という)が存在し、衝突直前に、A号及びC号の前方を左舷から右舷方向(北から南方向)に横切った。

5  A号及びC号の船体並びに損傷の状況

(一) A号について

本件事故によるA号の損傷部位及び形状は、概略、別紙図面(一)及び(二)記載のとおりである(後記(1) ないし(6) の認定につき、甲二七、乙一の66、三、五、六)。すなわち、

(1)  A号右舷外板の船首より八・七メートル、海水面上八・九メートルのところに船首尾方向の最大長さが五三センチメートル、上下方向の最大長さが七センチメートルの破口があり、右破口の中心線の角度は、海水面に対して約二〇度である(以下、右破口の船首端を「A号A部a点」、右破口を「A号A部a点の破口」という)。

右破口は、船首方向から先の尖ったもので突き刺されたような、鋭角な形状を呈しており、外板が船体内部にめり込んでいる。

(2)  A号A部a点とほぼ同じ海水面上において、同点からさらに船首方向に約三・五メートルのA号右舷錨直上に縦約四〇センチメートル、横約三〇センチメートルの凹損がある。

(3)  A号右舷外板の船首より一二・三メートル、海水面上より八・〇五メートルのところに船首尾方向の最大長さが四〇センチメートル、上下方向の最大長さが二〇センチメートルの破口があり、右破口の中心線の角度は、海水面に対して約一四度である(以下、右破口の船首端を「A号A部b点」、右破口を「A号A部b点の破口」という)。

なお、A号A部b点付近のA号外板は、船体外側に三二度傾斜して張り出している。

(4)  A号A部b点の破口からペイントの剥離を伴う擦過痕をへて船首より一三・六メートル、海水面上より七・一五メートルのところに船首尾方向の最大長さが一・六〇メートル、上下方向の最大長さが七〇センチメートルの破口があり、右破口の中心線の角度は、海水面に対して約一七度である(以下、右破口の船尾方向端を「A号A部c点」、右破口を「A号A部c点の破口」という)。

右破口は、前記(1) と同様に船首方向から鋭角な形状を呈しており、外板が船体内部にめり込むように生じ、破口周辺の外板は、船体内部に大きく凹損している。同部位の外板内部の鉄骨は、ペイントが剥がれ、かつ船尾方向に曲損した上で破断している。

(5)  A号右舷外板の船首より二四・三メートル、海水面上より四・六メートルのところに船首尾方向の最大長さが五・九メートル、上下方向の最大長さが二〇センチメートルのペイントの剥離を伴う擦過痕が生じるとともに凹損し、同損傷部には、黒色ペイントが付着している(以下、右擦過痕を「A号B部」という)。

また、A号B部の約一・一メートル上方に同部に並行して船首から二〇・七メートルの地点から船尾方向に向かって約一四・六メートルの長さの船体のペイントの剥離がある(以下、右ペイントの剥離部を「A号ZZ’部」という)。

(6)  A号右舷外板の船首より七四・一メートル、海水面上より七・四メートルのところに最大深さ二〇センチメートルの凹損を伴う船首尾方向の最大長さが一一・四〇メートル、上下方向の最大長さが二・五〇メートルの擦過痕があり、同損傷部及び付近には、黒色のペイントが付着している(以下、右損傷部を「A号C部」という)。

(二) C号について

本件事故によるC号の損傷部位及び形状は、概略、別紙図面(三)及び(四)(別紙図面(三)及び(四)は本件事故後の状況をC号の衝突前の船体状況に引き直したものであり、事故直後の状況は、同図面(五)のとおりである)記載のとおりである(後記(1) ないし(5) の認定につき、甲二六、二七、乙一の67、三、五、六)。すなわち、

(1)  C号左舷外板の船首より約五・二メートル、海水面上約九・二メートルのところから船尾方向に約二〇センチメートル、上下方向に約二〇センチメートルの範囲で灰色のペイントの付着を伴う擦過痕があり、その方向は、船尾から船首方向に生じ、角度は海水面に対してほぼ水平である(以下、右擦過痕に含まれるC号バウチョック左舷手すりの最後部(船尾方向にみて末端部)を「C号A’部a’点」という)。

(2)  C号A’部a’点とほぼ同じ海水面上において、同点からさらに船首方向に約一・八メートルのC号バウチョック左舷手すりに約六五センチメートルの凹損がある(以下、右凹損を「C号X’点」という)。

(3)  C号左舷外板の船首より約九・三五メートル、海水面上約七・九メートルのところからそれぞれ船尾方向へ約六〇センチメートル、上方向へ約四〇センチメートルの範囲で船体外板の圧壊があり、同部分には、灰色のペイントの付着がある(以下、右圧壊部に含まれるC号船首楼甲板に接するC号左舷外板の先端部(船尾方向にみて末端部)を「C号A’部b’点」という)。右圧壊したC号外板の状況は、C号A’部b’点から船首方向に約二メートルにわたり曲損し、特に同点から船首方向に向かって約一メートルは船体内側に押し込まれている。

C号A’部a’点から船尾方向に向かって約六・四メートルの長さのパイプ製ハンドレールが取り付けられているが、同点から船尾方向に向かって約三分の一は若干船体内側方向に曲損し、右三分の一の地点からC号A’部b’点にいたるハンドレール部分は、船体内部方向及び船首方向に著しく曲損している。右曲損したハンドレールには、灰色のペイントが付着している。

C号船首楼甲板左舷の最後部付近(船尾方向にみて末端部)には、フェアリードが取り付けられており、左舷外板側に傾斜した台座の上に二基のローラーが設置されている(以下、C号船首側のフェアリードのローラーを「フェアリードy」、C号船尾側のフェアリードのローラーを「フェアリードx」という)。フェアリードx及び同yは、ちょうど茸状の形状で頭部の直径が下部の幹の部分よりも大きくなっており、頭部の厚さは約七センチメートル、直径は最大部約二八センチメートルであり、その高さは台座部分から二三センチメートルである。また、フェアリードx及び同yの頭部とC号左舷外板上端部を結んだ直線とC号船首楼甲板に対する垂直線との角度は、約二一度である。

フェアリードxは、その台座部分が曲損するとともに前記C号A’部b’点のC号外板の圧壊と同様、船首方向及び船体内側に傾倒しているが、フェアリードyには、顕著な傾倒はない。

(4)  C号左舷外板の船首より約一五・七メートルのところから船尾方向に向かって約一四・四ないし一四・七メートルの長さ、ブルワークトップレールから甲板レベルである下方向に向かって約一メートルの高さ範囲で、船体外板が船体内側方向に曲損している(以下、右曲損部を「C号B’部」という)。そして、C号B’部の上端であるブルワークトップレールには、灰色のペイントが付着している。また、船首より約一九・三メートルの地点から船尾方向に向かって約六メートルの長さでペイントの剥離がある(以下、右約六メートルのペイントの剥離部を「C号B”部」という)。なお、C号B’部は、本来、C号ブルワークトップレールの方がC号甲板レベルよりも漏斗状に船体外側方向に開いた状態になっている。

(5)  C号左舷外板の船尾より約一一・九メートル、海水面上約六・一メートルのところから船首方向へ約九〇センチメートル、高さ一・九メートルの範囲で船尾から船首方向のほぼ水平に灰色のペイントの付着(二か所)を伴う凹損がある。また、C号左舷外板の船尾より約二一メートル、海水面上約六・一メートルのところから船首方向へ約一二センチメートル、高さ一メートルの範囲で、色は特定できないがペイントの付着を伴う凹損があり、同部に取り付けられたハンドレールが折損している。C号左舷外板の船尾より約二一メートル、海水面上約七・八メートルのところから、船首方向へ約三五センチメートル、高さ約二・五五メートルの範囲で、色は特定できないがほぼ全体にペイントの付着を伴う凹損がある。右ペイントの付着は、船尾から船首方向に生じ、ほぼ水平である。さらに、C号左舷外板の船尾より約一二・八メートル、海水面上約一・五メートルのところより、船首方向に約一二・五メートル、高さ約六メートルの範囲で擦過痕が散在しており、その方向は、船尾から船首方向に生じ、ほぼ水平である(以上、(5) 記載のC号左舷外板船尾よりの損傷部を併せて「C号C’部」という)。

6  本件事故による損害

(一) 原告

原告は、本件事故により、C号修繕費、休業損害など合計九八八万八〇九九円の損害を被った。

また、本件事故直後、C号船尾楼構造物最船尾側の階段を左舷側に下った階段踊場にC号乗組員二等航海士金權洙(以下「金二等航海士」という)が転倒しており、同人は、頭蓋骨殴打による骨折により脳挫傷を起こし、即死状態であった(乙一の68、69)。金二等航海士死亡による損害額は、一四九七万五二一五円である(ただし、右金二等航海士の死亡については、本件事故との因果関係につき、当事者間に争いがある)。

(二) 被告

被告は、本件事故により、A号修繕費、休業損害など合計一三七一万四三七一円の損害を被った。

二  争点

1  争点1

本件事故の衝突の態様

本件の争点の第一は、本件衝突事故はどのようにして起きたのかという点である。具体的には、C号の本件事故発生の四分前からの航行状況はどのようなものであったかという点である。すなわち、C号は、本件事故発生四分前に六一度に七度左転したにどどまるのか、それとも本件事故発生二分前に急左転したのかという点である。

(原告の主張)

C号は、午後一一時一四分ころ、播磨灘航路第三号灯浮標を通過したが、第二号灯浮標と第三号灯浮標のほぼ中間点を航行中、C号の船長は、自船の左舷前方約四五度の方向に右舷灯を表示する横切り船(第三船)を初認した。

C号は、午後一一時二四分(本件事故の四分前)ころ、左舷前方から接近する第三船との距離が近づき(約一マイル)、そのままの針路で進行した場合衝突のおそれがあったので、第三船の船尾を交わそうと針路を七度左転させ、六一度とした。

第三船は、本件事故の直前ころ、C号の船首部を左舷から右舷方向に交わったので、C号は、再び、針路を六八度に戻そうとした。

しかし、A号は、午後一一時二四分(本件事故の四分前)のC号が七度左転したころから、C号の左舷後方から、針路を六八度としたまま続航し、徐々に船間距離を縮め、正横船間の距離二七〇メートルでC号を追い越そうとしていた。このとき、A号の桑島水先人は、第三船の動静及びC号の七度の左転というC号の動静について、よく観測していなかった。

そのため、C号は、四分ほど進行した後、再び針路を六八度に戻そうとしていたが、本件事故地点において、A号はC号と交角約一一度で、まずA号B部がC号B’部(B”部を含む)に接触し、A号が擦るようにしてC号を追い越しながら前進し、A号A部b点がC号A’部b’点と接触、C号が左に傾き、A号から一旦離れたC号A’部b’点は、A号A部c点船首方向大破口部に深く食い込み、C号A’部a’点とA号A部a点が接触した。その後、A号C部とC号C’部が衝突した。これが本件事故である。

(被告の主張)

A号は、針路約六七度、速力約一四ノットの速さで播磨灘推薦航路線に沿って浮標から約三七〇メートル南を、東に向かって航行していた。その際、C号は、A号の前方にあり、A号とほぼ同針路で、速力約一二・七ノットの速さで播磨灘推薦航路線に沿って浮標から約七四〇メートル南を、東に向かって航行していた。すなわち、A号は、C号の後方から、正横船間の距離約三七〇メートルをおいて追い越す態勢にあった。

第三船は、本件事故の前、A号及びC号の左舷前方から右舷に横切る態勢にあった。そこで、A号は、第三船に対し、汽笛により短五声の疑問信号を発したところ、第三船は、無難にA号及びC号の前方を交わっていった。

しかし、C号は、第三船がA号及びC号の前方を横切った直後ころ、A号がC号を追い越していたにもかかわらず、二〇ないし三〇度程度の左舵をとり、急左転してA号の航行している針路方向に進出してきた。

そこで、A号は、左舵一杯、機関停止、機関全速後進の措置をとったが、午後一一時二八分ころ、A号が約一五度左回頭したとき、まず、角度約三六度でA号x点とC号x’点が衝突し、直後、両船はほぼ同じ角度のまま若干移動して、A号A部a点とC号A’部a’点とが、A号A部b点とC号フェアリードyとがほぼ同時に衝突、A号A部b点に破口が生じ、続いて、C号A’部b’点がA号A部c点の破口の船首端と衝突して食い込み、A号A部c点の破口を生じさせた。そして、両船は衝突角度を減じつつ、C号B’部(ブルワーク頂部)がA号ZZ’部の部分で押されC号船体内側に曲損し、A号B部とC号B”部とが接触し、その後、左転を続けるA号とC号が離れる際、A号C部とC号C’部が接触した。

2  争点2 過失の存否

本件争点の第二は、A号及びC号の航路を前提として、本件事故は、A号及びC号どちらの過失に基づくものかという点である。

(原告の主張)

(一) C号の航法の正当性

C号及び第三船は、互いに針路を横切る関係(いわゆる横切関係)にあったものであり、海上衝突予防法(以下、「海衝法」又は「法」という)上、C号が針路及び速力を維持すべき保持船で第三船が避航船の立場にあり(法一五条参照)、避航船である第三船はできる限り早期かつ大幅に避航動作をとるべきであった(法一六条参照)。

しかし、C号の左舷前方から接近する第三船は、何ら避航動作をとらず、C号との距離が一マイルとなり、そのままの針路で進行した場合、衝突のおそれがあった。

そこで、前記のとおり、C号は、午後一一時二四分ころ、針路を六八度から七度左転して六一度とし、第三船を早めにC号の左舷から右舷方向に横切らせ、第三船の船尾を交わして衝突を回避しようとしたものである。

海衝法一七条二項は、具体的状況において、保持船としての針路及び速力を保持することがかえって、海上事故を招く危険がある場合には、保持船に避航義務を認めているところ、横切り関係において保持船が若干コースを左転又は右転して避航船に対する方位を変化させ、衝突直前に大きな避航動作をとらないまま衝突を回避する事例は相当あることも併せ考えれば、C号の航法は、右規定の趣旨に適ったものであり、その航法に何らの問題はなかった。

(二) A号の負う義務―争点1において原告の主張の事実を前提として

(1)  前記のとおり、A号は、C号との関係において追越し船であるが、追越し船は、自船の進行方向前方を航行する他船の動きを容易に把握できるものであることからすれば、追越し船の負う航行上の注意義務は、重いものというべきである。すなわち、A号は、第三船との横切り関係において保持船、C号との追越し関係において避航船として注意義務を負っていたが、追越し船としての注意義務の方が重いものであった。

また、C号は保持船ではあるが、第三船が避航船であるのに何らの避航行為をとらず、そのまま続航したのでは、第三船と衝突するおそれがあるという状況にあったこと、A号がその状況を容易に把握できる状況にあったこと、A号とC号の正横船間の距離はわずか二七〇メートルしかなかったこと、夜間であったこと、法八条は、衝突を避けるための動作として、船舶は、周囲の状況を判断するため、又は他の船舶との衝突を避けるために必要な場合は、速力を減じ又は機関の運転を止め、もしくは機関を後進にかけることにより停止しなければならないと規定していることをも併せ考えると、A号は、右追越し船の注意義務の内容としてC号及び第三船の衝突のおそれが解消するまで、正横船間の距離二七〇メートルという近距離おけるC号の追越しを止め、C号及び第三船の接近する海域に近づかない義務(追越中止義務)があったものである。具体的には、A号は自船の停止距離を考慮し、少なくとも本件事故の五分前には、エンジンを停止するなどすべきであった。

(2)  被告は、A号もC号と同様に第三船との関係で保持船の立場であったから、針路及び速力を保持した、すなわち、C号の追越しを継続したことに何ら問題はないなどと主張する。

しかし、前記のとおり、具体的な状況によっては、その針路及び速力の保持が海上事故を招くおそれがあるなど危険な状況にある場合は、保持船といえども避航すべき場合がある(法一七条二項参照)。A号がC号を追い抜こうとした海域は、C号及び第三船が衝突するおそれが生じていた海域であり、そこにおいてA号が保持船たる立場において針路及び速力を維持しC号の追越しを継続することは、右海上事故を招くおそれがある状況に該当するというべきである。

したがって、本件の具体的状況に照らすと、A号は、第三船との関係で保持船の立場にあり、このような立場にある船が、C号の追越しを継続することは、不当である。

(三) A号の負う義務―争点1において被告主張の事実を前提として

仮に、A号とC号の正横船間の距離が約三七〇メートルであり、本件事故直前にC号が急左転し、A号とC号とが三六度の角度で衝突したとしても、A号には、右(二)と同様、C号の追越しを控える義務があった。

すなわち、被告主張の事実関係において本件事故が発生したとしても、C号と第三船がA号の針路前方で衝突のおそれのある状態で接近しつつあったことにはかわりがなく、A号としては、C号と第三船との衝突のおそれが解消するまで、追越しを差し控える義務があった。

(四) A号の義務違反

A号は、右(二)、(三)記載の義務に違反し、C号の追越しを継続した。これにより、本件事故は生じたものであり、被告は賠償責任を免れない。

(被告の主張)

(一) A号の航法の正当性

A号は、本件事故前、C号を右舷に正横船間の距離約三七〇メートルをとり、追越し態勢にあった。追越しをする場合、原則として、被追越し船の左舷側を追い越すこととされており、この点、A号の航法に問題はない。

また、近接して航行する船舶間において相互作用が生じるのは、追越し関係にある両船の全長の和であるとされており、本件の場合、A号とC号との全長の和である二五一メートル以内に両船が近づけば相互作用が生じるということになる。ところが、本件では、A号はC号を正横船間の距離三七〇メートルで追い越していたのであるから、相互作用を考慮しても、A号の航法には問題はない。

さらに、A号は、C号と同様、第三船に対して、針路及び速力を保持する保持船の立場にあった。そして、A号は、第三船に対し、保持船として尽くすべき汽笛による疑問信号を吹鳴している。右疑問信号は、事実上、C号に対しても、A号の存在を示すことになる。

(二) A号とC号が三六度の交角で衝突したことが意味するもの

A号は、本件衝突直前、C号の急左転に気付き衝突を避けるため左舵一杯をとっており、本件衝突時すでに原針路である六七度から約一五度左回頭した、針路五二度のところで衝突した。そして、前記のとおり、A号とC号は三六度の交角でまず衝突した。そうだとすると、C号の衝突時の針路は、約一六度(五二度マイナス三六度)ということになる。

そうだとすると、C号の原針路は六八度であったのだから、C号は、本件事故二分前に急左転を始め、最終的に五二度(六八度マイナス一六度)も左回頭をしてA号と衝突したということになる。

(三) C号の航法の不当性

(1)  C号は、海衝法上、第三船との関係で針路、速力を保持する義務を負う保持船の立場にあり、また、左転が禁止されていた(法一五条一項、一七条一項)。また、C号は、同法上、A号との関係でも保持船の立場にあった(法一三条一項、一七条一項)。C号の前記(二)の急左転は、右保持船としての義務に明らかに反するものである。

確かに海衝法上、針路を避けなければならない避行船が適切な動作をとっていないことが明らかになった場合には、保持義務は解除され、また、横切り関係においてやむを得ず左転しなければならない事情がある場合には、左転禁止が解除される。しかし、本件では、右のような事情は認められない。

(2)  仮に、第三船との関係でC号が何らかの措置をとる必要があったとしても、C号の右舷方向には、衝突を避けるために十分な海域が存在していたのであり、C号の急左転は、衝突を避けるための合理的な航法ということはできない。また、左転をするにしても、C号は、針路変更を知らせるための何らの信号も発せず、第三船に対しても疑問信号を送る等の措置をとっておらず、C号の航法は不当である。

(四) 本件事故の原因

A号としては、C号の本件事故発生二分前ころの五二度もの左転を予想することはおよそ不可能であり、A号がC号の左転に気付いた時には、A号のみの行為によって本件事故を避けることはできなかった。

以上からすれば、A号には、本件事故の発生について、何ら過失がない。本件事故は、C号の保持船としての保持義務、適切な航行をする義務に違反する五二度もの急左転により生じたものであり、原告は賠償義務を免れない。

第三争点に対する判断

(争点1―本件事故の衝突の態様―について)

一  本件事故についての時系列的検討

まず最初に、A号とC号が衝突するまでの経過を、時間的経過にしたがって認定することにする(なお、認定に供した主要な証拠は当該認定部分の末尾に掲記した)。

前記前提事実に、証拠(乙一の66、67、73、74、76ないし80、100ないし102、104、二の3の1、2、二の4の1、2、二の5の1ないし4、二の7ないし9の各1、2、二の10、三、五、六)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠は存在しない。

1  午後一〇時三〇分ころから午後一一時ころまで

(一)(1)  C号は、船橋において鄭元奇船長(以下「C号船長」という)が操船の指揮をとり、金命石甲板手(以下「金甲板手」という)の手動操舵、慎武晟甲板長(以下「慎甲板長」という)の見張りのもと航行していた(この航行体制は本件事故発生時まで変化はない)。C号船長は、午後一〇時ころ、目測で約一〇〇〇メートル後方から大型船がC号に追随していることを初認したが、これがA号であるかどうかは確認せず、以後、右船舶の動きを確認しないまま航行を続けた。C号は、午後一〇時三〇分ころ、第一号灯浮標の南側を針路を六八度と定め、速力約一一・五ノットの速さで航過した。(乙一の74、76、100、弁論の全趣旨)

(2)  他方、A号は、船橋中央部前面において桑島水先人が操舵指揮をとり、同部前面にある操舵装置にてベンジャミン・アイ・サロカム操舵手(以下「A号操舵手」という)が手動操舵し、桑島水先人の船橋右舷側でフォテオス・レオニダス・ドラコパロス船長(以下「A号船長」という)が機関室との連絡等をし、A号船長の更に右舷側でニコラオス・イアトラキス二等航海士(以下「A号二等航海士」という)が見張りをしていた(この航行体制は本件事故発生時まで変化はない)。A号は、午後一〇時三二分ころ、第一号灯浮標の南付近を針路六七ないし六八度と定め、速力約一四ノットの速さで航過した。

桑島水先人は、A号が第一号灯浮標を航過したとき、A号がC号を追いかけ、追い越す状況にあることに気が付いていた。右当時、A号とC号は、正横船間の距離約三七〇メートルの間隔で航行していた。(乙一の77ないし80、101、二の4の1、2、二の9の1、2、弁論の全趣旨)

(二)(1)  その後、A号は、針路六八度、速力約一四ノットの速さで播磨灘推薦航路線に沿って航行を続け、午後一〇時五四分ころ、第二号灯浮標を航過した(乙一の73、80)。

(2)  このとき、C号は、A号の約一マイル前方を航行していた(乙一の101)。

(三)(1)  C号の慎甲板長は、午後一一時ころ、C号の左舷後方から大きな船が航行してきていることを認識していた(乙一の100)。

(2)  A号二等航海士は、午後一一時ころ、A号船首左舷側約二〇度から三〇度方向に、右舷灯である緑灯を見せた第三船を視認し、桑島水先人に報告しなかったものの、その後も第三船の動静に注意を向けていた(乙一の77)。

2  午後一一時ころから同二〇分ころまで

(一)(1)  C号は、針路六八度、平均速力約一一・五ノットの速さで播磨灘推薦航路線に沿って航行を続け、午後一一時五分ころ、小豆島の南ないし第二号灯浮標付近を越えてさらに東航した。

このころ、金甲板手は、船橋中央にある操舵装置を操作しており、ここから前方及び横方向を見張っていた。船尾方向は、左舷側船橋前面にいるC号船長と右舷側船橋前面にいる慎甲板長が船橋の外に出て時々確認していた。(乙一の74、76)

(2)  A号は、右時間帯において、従前どおり、針路六八度、速力一四ノットの速さでC号の後方を続航していた(弁論の全趣旨)。

(二)(1)  C号は、針路は六八度のままであったが、潮流の影響により速力約一二・七ノットの速さで第二号灯浮標から第三号灯浮標の間を東航し、午後一一時一四分ころ、第三号灯浮標を航過し、さらに第四号灯浮標に向かった。

なお、C号船長は、C号が右第二号灯浮標と第三号灯浮標のほぼ中間を航行したとき、C号の左舷前方の約四五度方向に右舷灯である緑灯を見せた第三船を初認したが、第三船との衝突の危険は感じなかった。(乙一の76)

(2)  従前どおりの速力及び針路で続航していたA号は、午後一一時一七分ころ、第三号灯浮標を航過し、さらに第四号灯浮標に向けて航行を続けた(乙一の73、80)。

(三)(1)  A号は、午後一一時二〇分ころ、第三号灯浮標を少し過ぎた地点において、第十一ひかり丸の左舷を(A号からすれば、右舷方向に)約五〇〇メートル離して追い越した。このとき、第十一ひかり丸からC号までは、距離約〇・五マイル、方位左舷船首約七度方向であった。

また、A号二等航海士は、そのころ、A号と第三船との距離が三・七マイルになったことをレーダーで確認し、これを桑島水先人に対して第三船まで三マイルの距離であると報告した。そして、桑島水先人は、A号の左舷約三〇ないし三五度方向、距離約三海里付近に、右舷灯である緑灯を見せ、南南東の針路をとり、ちょうどA号及びC号の針路を横切る態勢をとっているC号とほぼ同じ大きさの第三船を確認した。第三船の速度は、約一〇ノット程度であった。

そこで、桑島水先人及びA号船長は、海衝法上、A号は第三船との関係で速力及び針路を維持する義務を負う保持船の関係になると考え、第三船の動静に注意しつつ、A号の針路、速力を維持し、A号の右舷方向を航行するC号の追越しを継続した。(乙一の77、79、80、101、二の3の1、2、二の5の1ないし4)

(2)  C号は、従前どおりの速力及び針路を維持して続航してきたが、右桑島水先人が第三船を発見した午後一一時二〇分ないしそのころは、A号の右舷約三〇度、前方約五〇〇メートル弱付近に位置しており、両船の正横距離は約三七〇メートルであった(乙一の79、80、101、二の5の1ないし4)。

3  午後一一時二〇分ころから二五分ころまで

(一) 第三船は、午後一一時二三ないし二五分ころになっても、依然として針路、速力に変化がなかった。そこで、A号は、第三船に対し、短音五回の汽笛(疑問信号)を吹鳴したが、第三船は、なおも、速力、針路を維持したまま航行を続けた。(乙一の80、101)

(二) C号は、右時間帯において、従前どおり、針路六八度、速力約一二・七ノットの速さで航行を続けていた(弁論の全趣旨)。

4  午後一一時二五分ころから二六分ころまで

(一) 桑島水先人は、午後一一時二六分ころ、第三船が依然として従前どおりの針路、速度で航行を続け、A号と〇・五マイルほどの距離になったため、第三船に対し、再度、短音五回の汽笛を吹鳴するよう命じ、A号は再度疑問信号を発した。このとき、C号は、A号の船橋から見て、右舷前方約四〇度方向に位置していた。(乙一の79、101、102、二の3の1、2、二の10)

(二) その直後、第三船は、左回頭するとともに、ライトをぱっと付け、A号の前方約一八五から二五〇メートルを左舷から右舷に横切った。このとき、右状況から、桑島水先人は、衝突の危険が無くなったと判断した。(乙一の101、104、二の3の1、2、二の5の1ないし4、二の7の1、2、二の10)

(三) 他方、C号は、午後一一時二六ないし二七分ころまで、針路六八度、速力約一二・七ノットを維持してきたが、にわかに左転した。

なお、C号が右のとおり左転したときは、第三船が既にC号に対してもその左舷から右舷に交わっていた。(乙一の77、79、80、101、102)

5  午後一一時二六分ころから二八分ころまで

(一) C号の前記左転を認めたA号二等航海士は、「ターンポート」と大声で何度も叫んだ。A号船長及び桑島水先人もC号の左転に気付き、桑島水先人は、取舵一杯(左舵を一杯に取ること)の号令をかけた。桑島水先人は、続けて、このままでは衝突が避けられないと判断し、更にエンジンの停止及び全速後進の号令をかけた。

そこで、まもなく、A号は、取舵一杯、エンジン停止の上、約一〇から約一五度左回頭した。(乙一の77ないし80、101、102、乙二の7の1、2、二の10)

(二) 他方、C号は、前記左転により、A号の船首方向に接近した(弁論の全趣旨)。

(三) そして、A号及びC号は、午後一一時二八分ころ、本件事故地点付近において、角度約三〇度ないし三六度でA号x点とC号x’点とが衝突し、直後、両船はほぼ同じ角度のままA号が若干前進して、A号A部a点とC号A’部a’点とが、A号A部b点とC号フェアリードyとがほぼ同時に衝突した(以下、右衝突を合わせて「本件第一衝突」という)。本件第一衝突により、A号A部b点に破口が生じ、続いて、C号A’部b’点がA号A部c点の破口の船首端と衝突して食い込み、A号A部c点の破口を生じさせた。両船は、本件第一衝突後、衝突角度を減じつつ、C号B’部(ブルワーク頂部)がA号ZZ’部の部分で押されC号船体内側に曲損し、A号B部とC号B”部とが接触し、その後、左転を続けるA号とC号が離れる際、A号C部とC号C’部が接触した。(乙一の102、二の7ないし9の各1、2、三、五、六)

二  本件の主要な争点に対する当裁判所の認定根拠

本件事故において、A号、C号の衝突するまでの経過は前記一のとおりであるが、右経過の中で、原告、被告が、本件で争っている、両船の正横船間距離、本件第一衝突の両船の部位、衝突角度、C号の左転の時期、角度について、当裁判所が認定した根拠を明らかにする。

1  A号がC号を追い越すに当たっての両船間の正横船間の距離

原告は二七〇メートルを、被告は三七〇メートルを主張する。この点について、被告の主張に沿う証拠としては、桑島水先人、A号船長の公判廷での供述、司法警察員に対する供述調書(乙一の79、80、101など)が存在する。すなわち、A号に乗り組んでいた者は一致して、被告主張に沿う供述をする。他方、本件全証拠を検討するも、C号の乗組員は、両船の正横船間の距離について何ら供述していない。また、証拠(甲一三、乙一の51)及び弁論の全趣旨によれば、桑島水先人を刑事被告人とする刑事判決(以下「本件刑事判決」という)、桑島水先人を受審人とする海難審判における裁決(以下「本件海難審判裁決」という)、いずれも、両船間の正横船間の距離を三七〇メートルと認定しており、その認定に不自然、不合理な点は認められない。

以上の各事実に照らし、A号がC号を追い越すに当たっての両船間の正横船間の距離は三七〇メートルであったと認定するのが相当であると思料した。

2  本件第一衝突の両船の部位

(一) 原告は、本件第一衝突の部位につき、A号B部がC号B’部(B”部を含む)に衝突したと主張する。これに対し、被告は、A号x点とC号x’点が衝突し、直後、両船はほぼ同じ角度のままA号が若干前進して、A号A部a点とC号A’部a’点とが、A号A部b点とC号フェアリードyとがほぼ同時に衝突したと主張する。

(二) 衝突の部位を認定するに当たっては、衝突部位の損傷状態、乗組員の目撃状況を勘案して事実認定するのが相当であるところ、本件では、A号の乗組員は被告の主張に沿う供述をし、C号の乗組員は原告の主張に沿う供述をし、互いに対立している。通常、第一衝突の衝撃は、第二衝突の衝撃に比べ、衝撃力が大きく、破損の程度も大きいのが通常である。これを、本件についてみるに、<1>前提事実5(一)によれば、A号の最も大きな破損部分は、右舷船首部分のA号A部a点及びA号A部b点の二つの破口部分であること、二つの破口はいずれも船首方向から先の尖ったもので突き刺されたような、鋭角な形状を呈しており、外板が船体内部にめり込んでいること、<2>他方、前提事実5(二)によれば、C号の最も大きな破損部分は、C号船首部分の破損(C号x’点の凹損、C号A’部分の船体外板の圧壊)であること、<3>A号x点とC号x’点との損壊部分、A号A部a点とC号A’部a’点との損壊部分、A号A部b点とC号フェアリードyとの損壊部分はほぼ対応すること(乙三、五、六)、<4>原告が本件第一衝突部位であると主張するA号B部分は、前提事実5(一)(5) のとおり、擦過痕を伴う凹損であり、船首部分の損傷に比較し軽微であること、<5>本件刑事判決及び本件海難審判裁決は、ともに本件第一衝突の部位について、A号の船首部分とC号の船首部分が衝突したと認定しており、その認定過程に不自然、不合理な点は認められないことがそれぞれ認められる。

(三) 前記認定事実、とりわけ、A号、C号の衝突による船体の損傷状態に照らし、本件第一衝突部位は、被告主張のとおり、A号x点とC号x’点が衝突し、直後、両船はほぼ同じ角度のままA号が若干前進して、A号A部a点とC号A’部a’点とが、A号A部b点とC号フェアリードyとがほぼ同時に衝突したと認めるのが相当であると思料した。

(四) なお、原告は、<1>A号A部b点の破口を生じさせたものとしてC号のフェアリードyとするのは損傷の形状からしてありえない、<2>本件第一衝突の部位はA号B部がC号B’部(B”部を含む)と主張し、これに沿う植竹正雄作成にかかる意見書(甲二七、二九、以下「植竹意見書」という)を提出する。そこで、右二点について、当裁判所の判断を示しておくことにする。

(1)  右<1>の点について

A号A部b点付近のA号の外板は、船体外側に三二度傾斜して張り出しており(前提事実5(一)(3) )、また、C号のフェアリードyは、その頭部とC号左舷外板上端部を結んだ直線とC号船首楼甲板に対する垂直線との角度は約二一度となっていること(前提事実5(二)(3) )からすれば、A号及びC号が傾斜していなくともC号のフェアリードyがA号外板に接触することは十分あり得るということができる。そして、植竹意見書の添付写真(甲二七添付写真6)及び乙六によれば、A号A部b点の破口は、その上部が半円状になっている一方で、下部がほぼ直線的な形状で止まっており、破口の周りすべてのA号外板のペイントが放射状に剥がれ、かつ、同破口の上部の鉄骨である水平板が若干上方に曲損していることが認められる。そうだとすれば、C号のフェアリードyの円形状の頭部がA号外板にめり込み、A号及びC号が若干移動したことから(海上の船舶の衝突である以上、衝突の過程におけるA号及びC号の若干の位置のずれは、あり得ることは想像に難くない)、その破口がC号のフェアリードyの頭部の直径よりも若干広げられたと考えることも可能である。したがって、A号A部b点の破口を生じさせたものは、C号のフェアリードyであるとの認定には合理性があり、これに反する植竹意見書は採用の限りではない。

(2)  右<2>の点について

A号ZZ’部及びC号B’部はほぼ同じ長さであり、A号ZZ’部には灰色のペイントの剥離がある一方で、C号B’部の上端のC号ブルワークトップレールには、灰色のペイントの付着があること(前提事実5(一)(5) と同5(二)(4) との比較)、A号B部及びC号B”部がほぼ同じ長さであり、A号B部には黒色のペイントの付着がある一方で、C号B”部には、黒色のペイントの剥離があること(同5(一)(5) と同5(二)(4) との比較)からすれば、A号ZZ’部とC号B’部、A号B部とC号B”部がそれぞれ接触したと認定することに合理性があり、これに反する植竹意見書は採用の限りではない。

3  本件第一衝突の際の両船の衝突角度

(一) 原告は、本件第一衝突の際の両船の衝突角度について、一一度であると主張し、被告は三六度であると主張する。

(二) 衝突角度を認定するに当たっては、衝突の部位、衝突部位の損傷状況、乗組員の目撃状況を基礎に検討するのが相当である。これを本件についてみるに、前記2の認定事実に証拠(乙三ないし六)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、<1>本件第一衝突部位は互いの船首部分であること、<2>仮に衝突角度が七度であったと仮定すると、C号の左舷が同船の中央よりまだ後ろまでA号に食い込んだ形での衝突態様となり、現実の両船の損傷個所、程度とかけ離れていること、<3>仮に衝突角度が一五度であったと仮定すると、A号A部、A号B部、C号A’部、C号B’部とを含めて、まだその後部に至るまで両船にはかなり大きな損傷がなければならないところ、現実の損傷個所、程度とかけ離れていること、<4>仮に衝突角度を七度と一五度の中間の一一度をとったとしても、その場合に起こる損傷個所、程度と実際のそれとはかけ離れていること、<5>衝突角度を三〇ないし三六度とした場合、両船の船首部分が衝突したことを無理なく説明できること、<6>衝突角度について、本件刑事判決は七度ないし一五度という主張を斥け、一五度を超える角度(角度は認定せず)と認定し、本件海難審判裁決は三〇度と認定しているところ、右判断過程に不自然、不合理な点は窺えないことが認められる。

(三) 衝突角度については、C号船長の約一〇度(乙一の76)、植竹意見書の約一〇度(甲二七、二九)、司法警察員海上保安官柿本研一の約五度から一五度(乙一の94)、海上保安大学校名誉教授池田英治の約一〇度ないし一五度(乙一の97)とする各証拠が存在するが、これらの各証拠は前記(二)に照らし採用することができない。

(四) なお、付言するに、原告は、本件第一衝突の角度を考えるに当たっては、衝突時のC号の左舷への傾斜を考えるべきであると主張し、植竹意見書はこれに沿う意見を述べているので、この点に触れておく。

たしかに、前提事実5(一)(4) のとおり、A号A部c点の破口の角度は一七度A号の船尾方向に傾斜していることが認められる。そして、植竹意見書によれば、これは、C号が衝突時、C号が左舷に三・八度から一〇・二度傾斜したことを意味することが認められるが、乙四によれば、右傾斜はA号及びC号の衝突角度に〇・二度前後の影響しか与えないものであることが認められる。そうだとすると、本件第一衝突の衝突角度を検討するに当たっては、さほど重要視する必要はないと考えるのが相当である。

(五) 以上の検討結果により、本件第一衝突の際の両船の衝突角度は、三〇ないし三六度であると認定するのが相当と思料した。

4  C号の左転の時期、角度

(一) 原告は、C号は、本件事故の四分前ころ、左舷前方から接近する第三船を避けるため、針路を七度左転させ六一度とし、本件事故の直前ころ、第三船がC号の船首部を左舷から右舷方向に交わったので、再び、針路を六八度に戻そうとしたところ、本件衝突が起きたと主張する。これに対し、被告は、C号は、針路六八度で航行中、第三船がA号及びC号の前方を横切った直後ころ、A号がC号を追い越していたにも関わらず、二〇ないし三〇度程度の左舵をとり、急左転してA号の航行している針路方向に進出してきたと主張する。

(二) C号が針路を七度左転させたのは、約一マイル先の第三船との衝突を避けるためであったと主張するが、この時点で危険を感じ左転する必要があったのか疑問であること、そもそも七度左転することで衝突回避の効果があるのか否か疑問が残ること、もし、七度の左転のまま進行したのであれば、本件衝突事故は起きなかったと思われること等(乙三ないし六、弁論の全趣旨)に照らすと、原告の主張は、主張自体根拠が薄弱なものといえ、これに沿うC号船長の刑事事件の供述(乙一の76)、金甲板手の刑事事件での供述(乙一の74)、慎甲板長の刑事公判廷での証言(乙一の100)は採用することができない。のみならず、前記3で認定した衝突角度にA号乗組員らの目撃証言(乙一の77、79、80、101、102)を併せ考慮すると、C号は、本件衝突の約二分前ころ、針路を約四六度から五二度も急左転させたこと(衝突時のA号の針路は約一五度左回頭し約五二度であり、衝突角度を三〇度とすると、C号の針路は二二度ということになるから、当初の原針路六八度から約四六度左転したことになる。衝突角度を三六度とすると、同様に約五二度左転したことになる)が認められる。

ちなみに、本件刑事判決は、C号が本件衝突の約二分前に、針路を左に大舵をとり変針したと認定し(乙一の51)、本件海難審判裁決は、C号は午後一一時二六分半、操舵手に左舵を指示して回頭を開始し、第三船が船首方向より右舷側に替わったことから針路を元に戻すつもりで右舵を指示して間もなく、船首がほぼ二二度を向いたとき衝突したと認定している(甲一三)。C号の急左転の角度までは認定していないが、前記当裁判所の認定に沿う内容となっている。

(三) 右認定事実によれば、C号は、本件衝突の約二分前の午後一一時二六分ころ、針路を六八度から一六ないし二二度に変針(約四六ないし五二度の左転)したと認定するのが相当であると思料する。

(争点2―過失の存否-について)

一  本件事故の態様のまとめ等

1  争点1で認定したとおり、本件事故の態様の概略は、A号(針路六七度ないし六八度)がC号(針路六八度)を正横船間の距離約三七〇メートルの間隔をおいて追い越していたところ、両船の前方に両船の船首を横切ろうとしていた第三船が出現し、A号は従前どおりの針路、速度で航行を続けたが、C号は本件衝突約二分前に約四六ないし五二度急左転し、A号の進行していた航路上に進出し、その結果、A号とC号が衝突するという事故が発生した。

2  前記1のA号、C号、第三船の位置関係を前提にすると、これら船の相互間には、海衝法上次のような関係が成り立つ。すなわち、A号とC号は海衝法一三条一項の追越し関係に該当し、同項によれば、A号は追越し船として、追い越される船舶であるC号に対し、その進路を避けなければならない義務を負う避航船(法一六条)の立場にあり、他方、被追越し船であるC号は、針路及び速力を保たなければならない保持船(法一七条一項)の立場にあった。

また、第三船とA号及びC号とは、海衝法一五条一項の横切り関係に該当し、他の動力船を右舷に見る動力船である第三船が避航船、A号及びC号が保持船の立場にあった。

二  A号の過失の存否

争点1で認定した本件事故の態様、海衝法上の相互関係を前提に、まず、本件事故発生について、A号に過失があったか否かについて検討する。

1  原告は、まず、C号が本件事故の四分前に七度左転し、これに針路を六八度で維持し航行していたA号が衝突したことを前提に、本件事故は、A号ないし桑島水先人の過失に基づいて引き起こされたものと主張するが、争点1で認定したとおり、右前提とする事実自体が認められない(争点1の二4など)。したがって、原告の右主張は、その余の点を判断するまでもなく、理由がない。

2  次に、原告は、前記1で裁判所が認定した態様で本件事故が発生したとしても、第三船がC号の針路を横切る状態にあったこと等に鑑みれば、本件事故は、A号のC号に対する追越しを継続した過失により生じたものであると主張するので、以下検討する。

(一) 第三船の存在を考慮にいれなければ、A号のC号の追越しは何ら問題のない行為である。なぜなら、証拠(乙一の94)及び弁論の全趣旨によれば、追越し船と被追越し船との安全な正横距離は、被追越し船の四ないし五倍あればよいこと、本件では、三六〇メートルないし四五〇メートルとなること、本件事故地点が含まれる播磨灘航路においては、三七〇メートル程度以上の船間距離を保つことは現実的に無理であることが認められるところ、A号はC号との正横船間の距離約三七〇メートルの間隔をおいて追い越していた(争点1の二1など)のであり、その航法に何ら問題がないからである。

(二) しかし、本件では、原告も指摘するように第三船が存在しており、第三船の存在を考慮しても、なお、A号の航法に過失はなかったかという点が問題になる。

前記争点1での認定事実に証拠(乙一の76、102)及び弁論の全趣旨を併せ考慮すると、次の事実が認められる。

A号は、C号と最も接近する前に第三船に対してではあるが、汽笛により短音五回の疑問信号を二回吹鳴し、第三船は、実際に、A号が二回目の疑問信号を吹鳴した直後である本件事故の二分程前ころ、速力約一四ノット、針路六八度を維持していたA号の針路をその左舷から右舷へと交わり、C号が左転を始める前にC号の針路をその左舷から右舷へと交わっている(争点1の一3及び4など)。

本件事故の発生した海域は、播磨灘航路として灯浮標により船舶の進行すべき針路が定められており、通常は、この灯浮標に沿って走る同行船の中に急に針路を変じる船はないことから、そのような信頼のもとにA号はC号を追い越そうとしていた(前提事実2、弁論の全趣旨など)。実際、C号が本件事故の二分前に急左転するまでは、C号は一貫して針路をA号とほぼ同じである針路六八度と定め航行してきたし、本件事故に至るまで、C号は、針路を変更する旨の信号等をまったく発せず、針路を変更する気配を示さなかったことが認められる(乙一の76、102、弁論の全趣旨)。

右事実関係によれば、第三船の存在を考慮しても、なお、A号においては、C号が本件事故の二分前ころにおいて、前記認定にかかる急左転、すなわち、原針路より四六ないし五二度も左回頭をすることを予期し得る客観的状況にはなかったものというべきであり、C号が左転する前の段階において、A号がC号の追越しを継続したことが具体的に衝突の危険を生じるような状況を生じさせたものと評価することはできない。

(三) ただ、原告は、桑島水先人が第三船がその針路を交わった後にC号の左転に気が付いた点を捉え、本件事故の二分前においてC号が左転しても、A号としては、C号の動静について避航船として注意し、直ちに回避措置を取れば、本件事故は防げたものであるとして、A号には右注意義務を怠った過失があると主張する。

しかし、<1>A号は、第一号灯浮標を航過したころから、C号の後方を航行しており、C号は、本件事故の二分前において左転するまで一貫して針路をA号と同じである針路六八度と定め航行し、転針の気配を示さなかったこと(前記(二)など)、<2>C号は、第三船との関係でA号と同様、保持船の立場にあったこと(争点2の一2)、<3>第三船は、最終的にA号の船首前方、一八五から二五〇メートルを交わったものであること(争点1の一4(二))からすれば、A号ないし桑島水先人において、まず、第三船との衝突が避けられるかについて吟味して前方を注意することもやむを得ない状況にあったものというべきであり、A号におけるC号の動静の観察状況に何らかの過失があったと評価することはできない。

C号の左舷側には、追越し態勢にあったA号がいたのであり、他方右側には広範な水域が存在したのであり(弁論の全趣旨)、A号としては、C号が仮に舵を切るとしても、通常であれば右舵をとるであろうと考えるのが通常であり、敢えて海衝法一七条二項で禁止されている左舵を取ることは、自爆行為に等しく、これを予測することは不可能というべきである。

(四) 以上によれば、A号のC号に対する追越し継続等をもって、A号の過失ということはできない。なお、柿本研一(乙一の92ないし94)、村岡千秋(乙一の103)は、A号の過失により本件事故が発生したと供述する。しかし、柿本、村岡は、いずれも、本件事故の二分前ころC号が左舷に急左転したという事実関係を前提とせず、証拠により認定することができない本件事故の四分ないし五分前ころにおけるC号の七度左転という事実関係を前提に供述していることに照らし、右各証拠は採用することができず、他に右判断を左右するに足りる証拠は存在しない。

三  C号の過失の存否

次に、争点1で認定した本件事故の態様、海衝法上の相互関係を前提に、本件事故発生について、C号に過失があったか否かについて検討する。C号の行為で問題となるのは、本件事故二分前ころの急左転の点である。

1  前記一、2のとおり、C号は、A号との関係において保持船の立場にあった。したがって、C号が、本件事故の二分前において急左転、すなわち、原針路より四六ないし五二度左回頭をすることが右保持義務に違反することは明らかである。

この点、海衝法一七条二項においては、避航船が適切な動作を取っていないことが明らかになった場合は、保持船において避航船との衝突を避けるための動作を取ることができる旨定めるところ、第三船は、C号が急左転する直前ないしそのころ、すでにC号の前方をその左舷から右舷に交わっていたこと(争点1の一、4など)からすれば、C号が本件事故の二分前において、第三船との間で右保持義務が解除されるような衝突の危険のある状況にあったと評価することは困難である。したがって、C号においては、第三船との状況が、C号のA号に対する保持義務の存否に影響を与える事情と解することはできない。

また、前記二2で認定したとおり、A号のC号に対する追越し行為が衝突の危険をもたらすものではなかった。

以上からすれば、C号のA号に対する保持義務は、本件事故の二分前ころにおいても依然として存在していたものというべきである。

2  そして、C号は、本件事故当時、自船の後方から大型船が航行してくることを知っていたこと(争点1の一1(一)(1) 、同一1(三)(1) など)、態様も急激な左転であるということに鑑みると、C号の本件事故の二分前における急左転は、航法として極めて不適切であったものというほかない。そして、本件事故の二分前までは、A号及びC号は、共に六八度の針路で進行していたものであること(前記二、2など)からすれば、本件事故が右C号の左転により生じたことは明らかである。

四  小括

以上によれば、本件衝突の原因は、C号の衝突二分前の急左転に原因(過失)があり、A号には過失がないというべきである。

(損害について)

被告が本件事故により、A号修繕費、休業損害等として合計一三一七万四三七一円の損害を被ったことは当事者間に争いがない(前提事実6(二))。そして、被告は、訴求額の一割を弁護士費用として、被告代理人に支払うことを約し、本件事故の損害として弁護士費用三〇〇万円が認められるべきと主張する。本件訴訟において原告はその過失を全面的に争い、本判決に至っていることなど本件に表れた一切の事情を考慮すれば、右弁護士費用三〇〇万円は、本件事故と相当因果関係にある損害であると認めるのが相当である。

第四結論

以上によれば、原告の請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないからこれを棄却する(甲事件)。

被告の請求は、一六七一万四三七一円の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、その余は理由がないので棄却すること(乙事件)とし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 難波孝一 裁判官 足立正佳 裁判官内野宗揮は転官につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 難波孝一)

別紙等<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!